背景
ガイドラインの前提となる背景について説明します。
やさしい日本語が必要な理由
日本の法律や制度に準じた人事・労務関連の手続きでは、タスクを進めるために高度な読解力や専門用語の理解が求められます。手続きの文章を正確に読み解くために、労働法や税法に関する知識が必要になる場面もあります。
手続きに関する文の特徴:
- 文章や、文脈が長く複雑
- 高度な文法が使用されている
- 高度な語彙、専門用語が使用されている
現代の日本では多様な人材の社会的活躍が推進され、外国人や障害者の労働人口が増加傾向にあります。日本で働くすべての人が必ずしも高度な日本語の読解力を有しているわけではないなか、支援の体制も十分ではなく、就労にまつわる手続きにおいて本人や周囲の支援者に負担が生じています。
SmartHRがユーザー企業を対象に実施した調査では、特に以下のようなユーザーが利用する際に、周囲の支援が必要であることがわかりました。
- 技能実習生、特定技能、留学生など、日本語能力試験N4〜N5レベルの外国人
- 複雑な情報の理解や、難しい漢字の読みに困難のある知的障害者や発達障害者
- 第一言語が書字・音声日本語ではない聴覚障害者
- デジタル機器の操作に不慣れな高齢者
このようなユーザーを支援するために、SmartHRが提供するサービス上の言葉を簡単な言葉に書き換えたり、図や動画を活用したりする工夫が必要です。
外国人と日本語
日本で働く外国人労働者の在留資格のうち、永住者に続いて2番目に多いのは技能実習です。技能実習生の日本語レベルは中級以下(N5〜N3)であることがほとんどです。
日本語のレベルとは
日本語のレベルは、日本語能力試験(JLPT)、日本留学試験(EJU)、ビジネス日本語能力テスト(BJT)などの基準や試験を通じて評価されます。
基準としてよく使われているのは 日本語能力試験(JLPT) です。JLPTは日本語能力を示す最も一般的な基準で、5段階のレベル(N1〜N5)に分けられています。
- N1:高度な日本語能力(論文や専門的な文章の理解、ビジネス会話ができる)
- N2:上級レベル(日常生活や仕事で日本語を適切に使える)
- N3:中級レベル(日常会話ができ、基本的な新聞記事が読める)
- N4:初級レベル(簡単な会話や基本的な文が理解できる)
- N5:初歩レベル(簡単な表現や単語、フレーズがわかる)
在留資格と日本語レベルの関係
外国人が在留資格を得るには、ある程度日本語を勉強する必要があるケースが多いです(外資系企業で働く場合などの例外もあります)。
日本語の能力が必要なケースは、経営ビザ、技術・人文知識・国際業務ビザなどもありますが、ここでは留学ビザや技能実習ビザ、特定技能1号ビザで求められる日本語力を見てみましょう。
- 留学ビザ
- 日本語学校や大学などに留学する場合、ビザ申請時に一定の日本語能力が求められることがあります。日本での学習環境に適応するための最低限の日本語能力を持っていることを確認するためです。
- 日本語学習経験(150時間以上の学習)の証明
- 日本語能力試験(JLPT)N5以上の証明
- 日本語学校や大学などに留学する場合、ビザ申請時に一定の日本語能力が求められることがあります。日本での学習環境に適応するための最低限の日本語能力を持っていることを確認するためです。
- 技能実習ビザ・ 特定技能1号ビザ
- 技能実習・特定技能では、現場での基本的な指示理解やコミュニケーションを求められるため、事前に日本語の学習が義務づけられている場合があります。
- 基本的な会話能力(N4程度)が期待される
- 技能実習・特定技能では、現場での基本的な指示理解やコミュニケーションを求められるため、事前に日本語の学習が義務づけられている場合があります。
外国人が日本語を理解しづらい原因
外国人に向けた「やさしい日本語」を考えるには、前提として、外国人にとって日本語の何が難しいのか、それをどう学んでいるのかを理解する必要があります。
1. 学習の順序
日本人が「やさしい日本語」を考えるとき、まず思い浮かぶのはひらがなです。ひらがなは簡単、漢字は難しいという印象を持っている人は少なくないでしょう。しかしそれは先入観です。
日本語学習では、日常的によく使われる語彙や表現が優先的に教えられます。そのため、難しそうに見える漢字や語彙でも、実は中級以下のレベルであることがあります。逆に、簡単に見えるひらがなに上級の文法が隠れていることも少なくありません。
例:
練習
、掃除
、鼻
:N5の語彙原因の解明なくして、次の事故は防げない。
:なくして〜ないはN1の文法
こうした日本語学習への理解が足りないと、わかりやすいと思って書いたり話したりした日本語が、実際は外国人に伝わらない、という状況が起こります。
2. 言語の特徴
2.1. 文章量・情報量
母語ではない言語で読むとき、文章量が多いと読みづらく、読み飛ばしてしまう可能性があります。
一方で、日本語は情報量が少ない言語と言われているため、同じ情報を伝えるためにより多くの文字が使われることで、文章が長くなりがちです。 母語だからこそ、日本人は「長い」と意識せず、同じ意味の言葉を繰り返して使うケースもあります。
例:
払った税金をもう1回計算しなおします。
- 「もう1回」と「なおし」は意味が被っています。
- 「〜しなおす」は、簡単に見えますが、3級の文法です。
- 2つの単語(上記の例では「計算する」「なおす」)を組み合わせた言葉はややレベルが高いので、できる範囲で減らすほうが望ましいです。
2.2. 語順
文字が多いだけではなく、外国語として情報を整理する難しさもあります。
語順の類型論によれば、言語の世界は下記のような語順のパターンがあります。
- SOV型
- SVO型
- VSO型
- VOS型
- OVS型
- OSV型
- V2語順
※S=Subject(主語)、O=Object(目的語)、V=Verb(動詞)
日本語の語順はSOV型ですが、世界で最も使用されている2つの言語、英語と中国語はSVO型です。また、日本の外国人労働者に話者が多いベトナム語もSVO型です。
SVO型に慣れた外国人にとって、日本語の語順は混乱しやすく、情報の整理に時間がかかります。
例:
日本語を、英語のSVO型に並べ替えると以下のようになります。
私は・てみたい・を食べ・ケーキ・見た・で・ベーカリー・向かいにある・の・ホテル。
2-3. 独特な表現
外国人にとって、日本語を勉強するときに特に難しく感じる要素はほかにもあります。
- 理解しづらい要素
- 敬語
- オノマトペ
- 他動詞・自動詞
- 間違って解釈されやすい要素
- 遠回し・曖昧な表現
- 二重否定・受身形
- 主語の省略
- 日本の特有の制度・用語
年末調整
定額減税
特に、主語の省略と二重否定は自然と使われることが多く、外国人にとって大きなハードルとなっています。
主語を省略している例:
給与収入が850万円超かつ、下記いずれかの要件に当てはまる場合、 あなたと配偶者のそれぞれが申告できる控除です。
上記の例は、所得金額調整控除の説明内容にある文章です。「給与収入が850万円超」は、「あなた」の話か「配偶者」の話か、不明確です。
二重否定の例:
なくはない
、ないことはない
、ないではない
、なくもない
、ないこともない
、ないでもない
、ないわけではない
、ないわけにはいかない
、ないわけがない